日本におけるローヤルゼリーの歴史。普及したのはいつ頃?

ローヤルゼリーの歴史は非常に古く、日本国内では7世紀まで遡ります。養蜂はヨーロッパからシルクロードを通じて日本に伝えられてきましたが、ローヤルゼリーの生産体制が構築されたのは1960年代になってからです。ローヤルゼリーは長い歴史を経て、多くの日本人の健康維持に用いられるようになりました。ここでは日本でローヤルゼリーが普及した歴史についてご紹介します。

日本とミツバチの歴史は7世紀から

日本で初めてミツバチのことが文献に現れたのは、推古35年(627年)の日本書紀のくだりに記述が残されています。文献上で『蜜蜂』の言葉が始めて用いられたのは、皇極2年(643年)になります。養蜂はヨーロッパからシルクロードを通して、中国、朝鮮半島、日本へと伝わっていきました。当時の百済人が奈良で養蜂を試みてみたものの、失敗に終わったという記述が残っています。これが日本における養蜂の歴史の始まりだというのが通説になっています。

1889年に農学博士の玉利喜造がローヤルゼリーを紹介

日本においてローヤルゼリーが初めて文献に登場したのは明治22年(1889年)で、当時の農学博士だった玉利喜造によって記述が残されています。玉利博士は著書の中でローヤルゼリーを「王家の舐物」と紹介し、不老長寿の薬ではないかと人々の注目を集めました。1913年には徳田義信著『蜜蜂』に、日本におけるローヤルゼリーの呼び名である「王乳」という記述が初めて残されています。

1950年代にローマ法王の命を救って認知度が上がった

日本国内におけるローヤルゼリーの認知度は、1954年に当時のローマ法王の命を救った出来事がきっかけになります。

齢80歳だったピオ12世は肺炎により衰弱し、危篤状態に陥りました。ローマ法王は世界に13億人もいるキリスト教、ローマ・カトリック教会の頂点に立つ人物です。そのため世界中のカトリック教徒が彼の状況を、固唾を飲んで見守っていました。この時に当時の医師が、ピオ12世にローヤルゼリーを投与し続けました。するとピオ12世の顔に生気が戻り、奇跡的な回復を遂げました。その後1958年にローマで開催された国際養蜂学会では、ピオ12世自らが「私はローヤルゼリーのおかげで命が救われた」と演説しました。

この出来事は世界的なニュースとなり、多くの人の注目を集めて日本における認知度も高まっていきました。

1960年代から日本でローヤルゼリーの生産が始まった

日本国内では1957年に、女王蜂の巣である『王台』を人工的に設置することに成功し、ローヤルゼリーの生産量を高める方法が考案されました。1959年に週刊誌でローヤルゼリーを「不老長寿の新薬」として紹介され、同時期に海外から輸入が始まっています。1960年代には国内でローヤルゼリーの生産・販売体制が構築され、多くの日本人に認知されるようになりました。
こうして日本でローヤルゼリーが普及し、多くの人が健康維持のためにローヤルゼリーを入手できるようになったのです。

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